大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和63年(ヨ)179号 決定

申請人

塩田健一

塩田健三

大口彰子

右三名訴訟代理人弁護士

天野一夫

天野実

天野陽子

被申請人

一栄住宅株式会社

右代表者代表取締役

杉坂智也

右訴訟代理人弁護士

岩田喜好

主文

一  被申請人は、申請人大口彰子に対し、別紙物件目録一記載の土地上に建築中の同目録二記載の建物の三階部分のうち、北東側の一戸分(別紙図面(一)中の赤斜線表示部分)の建築工事をしてはならない。但し、申請人が被申請人に対し金一五〇万円の保証を立てることを条件とする。

二  申請人大口彰子の本件その余の申請を却下する。

三  申請人塩田健一及び同塩田健三の申請をいずれも却下する。

四  申請費用は、申請人大口彰子と被申請人との間においては、右申請人に生じた費用と被申請人に生じた費用の二分の一とを合したものを二分し、それぞれを被申請人及び右申請人の負担とし、申請人塩田健一及び同塩田健三と被申請人との間においては、右申請人らに生じた費用と被申請人に生じた費用の二分の一とを全部右申請人らの負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一申請の趣旨

被申請人は、別紙物件目録一記裁の土地に同目録二記載の建物を建築してはならない。

二申請の趣旨に対する答弁

本件申請をいずれも却下する。

第二疎明された事実

当事者間に争いのない事実、疎明資料及び審尋の結果によれば、次の事実が一応認められる。

一当事者

1  申請人塩田健一及び同塩田健三(以下塩田らという。)は、別紙物件目録三記載の土地及び同地上の同目録四記載の建物(以下塩田建物という。)を共有し、家族とともに同建物に居住している。

2  同大口彰子(以下大口という。)は、別紙物件目録五記載の土地及び同地上の同目録六記載の建物(以下大口建物という。)を所有し、家族とともに同建物に居住している。

3  被申請人は、昭和六二年四月に、大口方のほぼ南側、塩田方のほぼ南西に隣接する別紙物件一記載の土地(以下本件土地という。)を買い受け、申請人ら建物の敷地より約1.6メートル高いその地盤を0.5メートル堀り下げたうえ、同地上に別紙物件目録二記載の建物(以下一栄建物という。)を建築しようとしている。

二本件土地の地域性及び付近の状況等

1  本件土地は、阪急電鉄豊中駅の北方約七〇〇メートル、同蛍が池駅の東北東約一〇〇〇メートル及び幹線道路である大阪中央環状線の南方約二〇〇メートルに位置しており、申請人ら建物敷地とともに、第二種住居専用地域、第二種高度地区に指定されている。豊中駅及び蛍が池駅の近辺は近隣商業地域であるが、本件土地と幅員約四メートル弱の道路を隔てた南西側の一帯は第一種住居専用地域であり、本件土地は第一種住居専用地域との境界線上付近にある。

2  本件土地付近の宅地は、いずれも本件土地とそれほど広狭に差がない(強いて言えば本件土地の南西側の方がやや広い傾向にある。)主として一戸建に適すると思われる土地であり、現にその大半は独立の二階建住宅の敷地として利用されている(付近には三階建以上の建物も散見されなくはないが、そのほとんどは地形を利用して一階を車庫とするものや社宅などであり、営利を目的とする賃貸マンションや分譲マンションは極めて少ない。)のであつて、本件土地の付近には良好な住宅街が形成されている。

3  本件土地も、もとは、その南東に隣接する別紙物件目録七記載の土地(以下本件七の土地という。)とともに一筆の土地を形成し、その地上には二階建の一戸建建物(以下旧建物という。)が一棟建築されていたのであつて、従前は良好な街並の一画を形成していたものであるところ、昭和六二年四月に分筆され、本件土地上には一栄建物が、本件七の土地上には申請外カネナカ株式会社により別紙物件目録八記載の建物(以下カネナカ建物という。)が建築されることが計画されたのであつて、これらの建物がそのまま建築されたとすれば、本件付近ではあまり見られない中層の営利を目的とする共同住宅が一挙に二棟できることとなる。

4  なお、一栄建物及びカネナカ建物と申請人らの建物との位置関係は別紙図面(二)のとおりであるが、申請人ら建物敷地との境界線からの外壁後退距離は、一栄建物が九五センチメートル、カネナカ建物が六〇センチメートルにすぎないこと、本件土地及び本件七の土地の地盤面は後記設計変更後も申請人ら方の敷地よりなお1.1メートル高いことを考えれば、申請人らは後記の日照被害を受けるほか、圧迫感や通風の阻害などといつた点でも少なからぬ影響を受けることになる。

三日照被害の状況

1  従前の日照の状況

旧建物と申請人らの建物との間には十分な間隔が存していたので、大口建物はその南東の塩田建物により、塩田建物はその南東に隣接する申請外北所有の建物により、次のとおり日影の影響を受けていた(基準時は冬至日の午前八時から午後四時までの間。以下においても同じ。)ほかは十分な日照の利益を享受してきたものである。

(一) 塩田建物

午前八時から同九時三〇分ころまでの間別紙図面(二)に⑦と記載された二階南東向の窓(但し、基準となる高さは申請人ら方敷地の地盤から四メートル。以下⑦の窓という。以下他の窓についても同じ。)及び物干場が日影となる。

(二) 大口建物

午前八時から同八時三〇分ころまで⑨の窓が、午前八時から同一二時三〇分ころまで⑧の窓がそれぞれ日影となる。

2  一栄建物及びカネナカ建物完成後の日照の状況

これに対し、右両建物が建築されたときには、申請人らは次のとおりの日照阻害を受ける(カネナカ建物については、申請人らの建物の敷地面から四メートルの高さにおける水平面の正確な日影図がないので、5.1メートルの高さにおける水平面の日影図等からの推測による。)。

(一) 塩田建物

(1) ⑦の窓

カネナカ建物により午前一一時一五分ころから午後二時一五分ころまで日影となる。なお、その後は太陽の入射角との関係で日照利益を享受できない。

(2) 物干場

カネナカ建物により午前一二時三〇分ころから午後二時一五分ころまで、カネナカ建物と一栄建物の複合日影により午後二時一五分ころから午後四時ころまで、それぞれ日影となる。

(二) 大口建物

(1) ⑧の窓

カネナカ建物により午前一〇時ころから同一一時四五分ころまで、一栄建物により午前一一時三〇分ころから午後二時ころまでそれぞれ日影となる。なお、午後二時以降は太陽の入射角の関係で日照利益は享受できない。

(2) ⑨の窓

カネナカ建物により午前八時四五分ころから同一〇時ころまで、一栄建物により午前九時一五分ころから午後一時四五分ころまで、それぞれ日影となる。

(3) 物干場

カネナカ建物により午前八時四五分ころから同九時四五分ころまで、一栄建物により同九時四五分ころから午後一時三〇分ころまで、それぞれ日影となる。

四当事者間の折衝の経過

第三当裁判所の判断

一受忍限度について

1  およそ住宅における日照は、通風とともに快適で健康な生活を享受するために必要にして欠くことのできない生活利益であつて、これは自然から与えられる万人共有の資源ともいうべきものであるから、かかる生活利益としての日照の確保は、これと衝突する他の諸般の法益との適切な調整を考慮しながら可能な限り法的保護が与えられなければならない。

2  しかるに、前記疎明された事実によれば、

(一) 塩田建物は、従前、二階南東及び南側の開口部において約一時間三〇分の日照阻害を受けていたにすぎないのに、カネナカ建物の建築により⑦の窓では午前一一時一五分ころ以降の日照が享受しえなくなり、物干場でもカネナカ建物単独及び一栄建物との複合日影により午前一二時三〇分ころ以降の日照を享受できなくなるのであり、

(二) 大口建物も、従前は、⑧の窓を除いては二階南側及び南東側の開口部において良好な日照を享受しえていたのに、主として一栄建物の建築により、⑨の窓及び物干場についても午後一時三〇分前後までまつたく日照が享受できないことになるのであつて、太陽の恵みのエネルギーがもつとも多いと考えられるのは午前一〇時ころから午後一時ころであることも考えれば、一栄建物及びカネナカ建物の建築によつて、申請人らの被る被害は極めて甚大である。

被申請人は、昭和六二年七月ころから本件土地の付近住民との折衝を開始し、その過程において、当初の計画に対し、本件土地の表面を0.5メートル削り取り、その分地盤を低くすること、建物の高さも0.2メートル低くすること及び申請人らの土地と本件土地との境界線からの一栄建物外壁の後退距離を0.95メートルとすること(当初の計画では0.65メートル)との設計変更を行い、現在はその変更後の案により一栄建物の建築に着工している。

3 ところで、一栄建物は高さが9.7725メートルと、わずかに一〇メートルを下回つているので、建築基準法五六条の二の日影による高さの制限から外れているとして日影についての配慮がなされていないが、その敷地は申請人ら建物の敷地より本来は約1.6メートルも高いこと、付近の地形、域内道路の狭さ、街区の宅地面積等からみれば本件土地付近は低層住宅地に適した地であり、将来的にもその大巾な変更があるとは予想され難いこと及び日照利益の重大性を考えれば、申請人らとしては、本件土地上に営利目的の共同住宅を建築せんとする被申請人に対し、もつとも陽光の恵みの豊かな午前一〇時ころから午後三時ころまでの時間帯において約二時間三〇分程度の日照の利益確保を求めることはできるというべきであり、申請人らの建物が若干本件土地の側へ寄つていることを考慮しても、この限度であれば、申請人らの要求は公平の観念に照らして不当なものとなるものではない。従つて、右の限度を越える日照の阻害は申請人らの受忍限度を越えるものと認めるのが相当である。

二塩田らの申請について

前記疎明された事実によれば、塩田建物の日照阻害は主としてカネナカ建物によるものであつて、一栄建物の建築によつては午前一〇時から午後三時までのうちの二時間三〇分の日照利益の享受は阻害されてはいない。よつて、塩田らは被申請人に対しては一栄建物の設計変更等を求めることはできない。

三大口の申請について

1  これに対し、大口建物は、一栄建物の建築により前記基準による日照利益の確保ができないこととなるが、本件疎明資料によれば、一栄建物のうち大口建物に対して重大な日照被害を与えているのは北東の部分であることが明らかでありかつ、三階北東側の一戸を削除することにより、少くとも物干場においては、午前一二時三〇分ころから午後三時ころまでの間で二時間三〇分程度の日照が確保されることが一応認められる。そして、この限度での設計変更であれば、これが本件土地上での被申請人の賃貸マンション建築計画の実現を著るしく困難にするとも思われない。よつて、大口には、被申請人に対し、この限度で一栄建物の設計変更を求める権利がある。

2  被申請人が一栄建物の三階の北東側の一戸を削減する設計変更案を拒絶し、建築工事をすすめていることは審尋の結果から明らかであり、このままでは一栄建物が完成してしまい、大口に回復し難い損害が生ずるおそれがあるので、これを避けるためには被申請人に対し右建物部分の建築を禁止する必要がある。

3  一栄建物の設計変更の必要その他諸般の事情を考慮すると、右建築禁止を命ずるにあたつて、大口には被申請人に対し金一五〇万円の保証を立てさせるのが相当である。

四結論

以上の次第で、大口の本件仮処分申請は主文第一項の限度で理由があるから金一五〇万円の保証を立てさせてその範囲でこれを認容し、大口のその余の申請及び塩田らの申請はいずれも失当としてこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文及び九三条一項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官藤本久俊)

別紙物件目録

一 所在 豊中市刀根山二丁目

地番 二二五番一一

地目 宅地

地積 116.81平方メートル

二 用途 共同住宅

構造 鉄骨造カラーベスト葺三階建

敷地面積 116.81平方メートル

床面積 一階 67.083平方メートル

二階 66.225平方メートル

三階 61.868平方メートル

三 所在 豊中市刀根山二丁目

地番 二〇四番四

地目 宅地

地積 109.75平方メートル

四 所在 豊中市刀根山二丁目二〇四番地の四、三一七番地の七

家屋番号 二〇四番四

種類 居宅

構造 木造瓦葺及一部亜鉛メッキ鋼板葺二階建

床面積 一階 57.13平方メートル

二階 41.40平方メートル

五 所在 豊中市刀根山二丁目

地番 三一七番一七

地目 宅地

地積 94.63平方メートル

六 所在 豊中市刀根山二丁目三一七番地の一七

家屋番号 三一七番一七

種類 居宅

構造 木造スレート葺二階建

床面積 一階 38.74平方メートル

二階 32.70平方メートル

七 所在 豊中市刀根山二丁目

地番 二二五番の三

地目 宅地

地積 155.41平方メートル

八 用途 共同住宅

構造 鉄骨造カラーベスト葺三階建

敷地面積 155.41平方メートル

床面積 一階 83.14平方メートル

二階 83.76平方メートル

三階 70.71平方メートル

別紙図面(一)、(二)〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例